哲学的メガネ(philosophical glasses)

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心理学

〇哲学的メガネ理論とは?
哲学的メガネ理論とは人々がこの世界を哲学的=抽象的にどのようなフィルター=メガネを通して見ているかを性格分類で明らかにできるのではないかという仮説≒理論です。

ここでの哲学的メガネというのは特定の哲学・思想をその人が持っているか否かを決定する道具ではありません。例えばある哲学的メガネをかけているからといって、キリスト教を信じているだとか、ニーチェが好きだといった、特定の思想・哲学者を好きになっていることを意味しません。あくまで、その人が持っている世界に対する抽象的な見方(それは特定の宗教・哲学・思想・考え方でも構いません)が、どのようなフィルターを原因として発生しているのか?に哲学的メガネ理論はフォーカスを置いています。

ここで哲学的メガネ理論で用いるフィルターとして、20世紀の心理学者であるユングが考案した性格分類の概念である心理機能というアイディアを用います。現在ではユングの類型論はMBTI、ソシオニクス、ネオユング理論といった名前として派生、発展していますがそれらの中核となる心理機能という概念をフィルター=メガネとして使うということになります。

この哲学的メガネ理論によって、その人の性格と哲学的世界観を紐づけることができるのではないかと考えています。つまりMBTI等で診断された性格タイプからその人がどのように世界を哲学的に認知しているかを理解したり、逆に哲学的な世界観(特定の思想ではなく、そこから抽象化して出てくる世界観)から性格タイプを演繹できます。

〇動機
MBTIに関して、ある性格タイプがどのような特徴を持っているかや、タイプ同士の相性、また、心理機能の意味については多くの議論がなされています。

 しかし、そもそもなぜMBTIの心理機能が8つあるのか、また、そもそも思考Tや感情Fとは一体なんなのかをゼロベースから統一的に基礎づけている議論はあまり見かけませんでした。

 MBTIのルーツはユングの類型論にあり、彼が8つの心理機能という概念を考え出しました。その8つの心理機能を考え出した彼は精神科医であり、彼は科学的に立証が困難であったとしてもその心理機能の傾向はある程度の普遍性をもって、人間の行動パターンに表れているのだと考えていたのだと思います。

 そこで私は心理機能に哲学的な普遍性があると仮定した場合に、どのような展開があり得るかをここで示したいと思い哲学的メガネ理論を考えてみました。ここで哲学的に普遍性があるとは、心理機能やMBTIを単なる人間の性格や行動パターンを記述するものだと考えるのではなく、どのように世界が存在し、またその世界をどのように認識するかという形而上学的な枠組みを提供するものとして解釈するということです。

 また、そのような枠組みは基本的に脳の器質的構造や人間の具体的な器官や文化にひとまずは影響されないと考えられます。よってこの議論は実験や検証をすることが可能な科学の体をなしておらず、反証不可能な思弁的な考察となることは免れません。

 しかし、一度原理的に世界が科学的にどのようになっているかということを脇に置き、人間の性格類型論に類するものを哲学的に考えることで、新たな解釈や方法論を提供することはできると考えます。
ユングの心理機能について哲学的に迫った考察をしている文献はあまり見かけたことがないので、上記のモチベーションの元、考えた結果を書いていきたいと思います

〇理論全体像
 ユングの類型論及びMBTIには心理機能(Ne,Si,Ni,Se,Fi,Te,Fe,Ti)という概念があります。本来その概念は性格に関する機能を記述するものですが、哲学的メガネ理論では抽象的な世界観を構成する根源的な因子とも解釈します。

 結論から言うと以下のように心理機能を哲学的に解釈ができるのではないかと考えます。

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存在論(知覚機能)

   必然性  偶然性
変化  Ne            Si

不変    Ni            Se

認識論(判断機能)

    有限(観測者)  無限(対象)
固有性  Fi            Te

一般性    Fe           Ti
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 これらの軸でFiTe=固有性、FeTi=一般性、NiSe=不変、NeSi=変化で分けた分類をクアドラと言います。クアドラにはβ、γ、α、δという四つのグループがあります。これらはソシオニクスと呼ばれる概念で出てくるものですが、ここではその詳細との対応は置いておいて心理機能の組み合わせ程度の意味で使用します。そしてこれらの四つのグループが世界全体を哲学的に、もしくは根本的にどのように捉えているかをあらわし、それと同時に四つの形而上学的世界観を提供します。

クアドラの分類は以下のように定義します。

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βクアドラ=FeTi×NiSe=一般性×不変=キリスト教的世界観(西洋)

γクアドラ=FiTe×NiSe=固有性×不変=ニーチェ的世界観(西洋)

αクアドラ=FeTi×NeSi=一般性×変化=仏教的世界観(東洋)

δクアドラ=FiTe×NeSi=固有性×変化=アニミズム的世界観(東洋)

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そして性格タイプ論=MBTIとはどのように世界が存在していると感じ(存在論)、どのように世界を認識=構造化しているか(認識論)の組み合わせで決定すると考えます。つまり、知覚機能と判断機能の組み合わせである種のクアドラと呼ばれる性格グループを構成します。このクアドラというのは心理機能の並び順を無視して、組み合わせが同じ性格グループのことです。例えばβクアドラだと、ESTP(Se>Ti>Fe>Ni),ISTP(Ti>Se>Ni>Fe),ENFJ(Fe>Ni>Se>Ti),INFJ(Ni>Fe>Ti>Se)という四つの性格タイプが存在します。

 この性格グループ=クアドラには4つの性格タイプがありますが、同じクアドラに属する限り、どんなに外見上異なった振る舞いをしていたとしてもその根本的な世界に対する哲学的な立場は同一であると考えます。そして性格理論としてのMBTIの結果はそれに対応する哲学的世界観を持っているのではないか?という仮説がこの理論です。


何が何だかわからないかと思いますが、次で説明したいと思います。
〇これら心理機能はNとSの「そもそも世界がどのように存在するのか(存在論)」という観点とFとTの「そもそも我々はどのように世界を認識するのか(認識論)」という観点の双方が必要になります。これら二つの観点を組み合わせたものが世界に対する哲学的態度となり、それは世界観や人生観そのものを形成します。

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