日常に潜む死の影 ~死にかけると何を見る?~

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ESFPが書いた記事

どうも、こんにちはこんばんは初めまして、音句(ねく)たんと申します!以後お見知りおきを( ^ω^ )ニコニコ

今回は私が実際に体験したことをベースに死にかけると人は一体どんなことを思い浮かべるのかについて、語っていきたいと思います~

まず初めに…

とりあえず、私がどのように死にかけたのか話したいと思いますw

これは、2021年1月22日の話なのですが、その日は既に大学入学共通テストも終わっていたので、授業の時間割も午前中のみだったので、昼食を食べてのんびりしていた時のことです。そろそろ溜めに溜めていた映像授業でも解消しようかなと、こたつから出ようとすると、滅多に出かけないうちのおばあちゃんがコンビニに出かけると言い出したので、「事故多いから怖いけど、本当に事故られても困るしついて行くか…」と思い、ついて行きました。とりあえず行きは何の問題(運転は危なっかしいけど)もなくコンビニに着くことができました。「意外と問題ないかもな~」なんて思いながら買い物を終え、車に乗り出したところなんと、エンジンがかからないじゃないですか!、かからないだけなら何の問題もなかったのですが、私も当の本人も気が付かないまま、おばあちゃんはサイドブレーキを上げ、パーキングからドライブへとギアを変え、コンビニの駐車場は車道に向かって傾いていたので、どんどん車は車道に向かって加速していきました。車はコンビニ側に向けて止めていて、尚且つ助手席に座っていたため、車道を走る車は助手席側から向かって来ます。また、車通りが激しく、車道を走る車も即座には止まれない状態であり、いよいよ車とぶつかると思ったとき、奇跡的に縁石にぶつかり、なんとか事なきを得ました…

死にかけると何が見えるの?何を感じるの?

さて、本題に入りましょう

世間一般では死にかけたり、死ぬときには走馬灯が見えると言いますよね?走馬灯は諸説ありますが、人間の脳が向かい来る死を回避するために、とっさに記憶の中から解決策を探し出そうとするからであると言われています。

私も実際に今までの日常の何気ない記憶や、Discordというチャットアプリで仲良くしている仲間たちの声が聞こえ、さらには自分が死んで泣きじゃくる家族の姿まで見えました。鬼滅の刃の炭治郎みたいに、ステンドグラスのように頭の中で記憶が並べられたりはしませんでしたwが、まるでその日その場で体験した出来事のように鮮明に記憶を見ることはできました

また、私は「あぁ、もうみんなに会えないのだな」「みんなを悲しませてしまうな」ということも考えました。人によっては某アニメの主人公みたいに死後のパソコンのデータの処理の仕方なんてことを考える人もいるのかもしれませんねw

死にかけた後に感じたこと

ここからは、普段書かれることがあまりない、その後の話をしたいと思います。

よく災害などで救助された人が、「何気ない日常が大切に思えました」とよく言いますが、本当にその通りで、何気ない日常が本当に大切に思えます。(やらせじゃないですよ?)また、それと同時に人恋しい気持ちにもなります。私は気持ちが落ち着いてから、その日のうちに話せるだけ話したい人に片っ端から声を掛けましたw自分自身の生存確認的な意味もあったのかと思います。

あともう一つ、年寄りの車に乗ったらあかんw

やっぱりある程度足腰が不自由になって出かけなくなったお年寄りには、健康には出かけないという行為はあまり良くないのかも知れないけど、自分がケガしない為にも、また未来ある赤の他人を傷つないようにするためにも自主返納させたほうがよいと思います。まぁ、うちのばあちゃんにそんな話したら、近所に泣いて回って口きいてくれなくなるからしないっていうか出来ないのだけれども…

最後に

いかがでしたでしょうか?人生最初の記事がこんな話で良かったのだろうか…なんて思いますが、なかなか面白い記事はかけたのではないかな~と思います。文章的には短かったのかな?短いと感じた方はレビューで教えていただけると幸いです。みんなの明日の話題になっていたら、不謹慎だから良くないかもしれないけど、いいなぁと思います。書いた以上には… MBTIのタイプごとにを話聞いてみるとおもしろいのかも…?

それでは、またの機会にお会いしましょう。バイバイ。

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